2009年08月24日

手づくり市、終了。〜「磁気の月」振り返りと、「月の月」に入るにあたって〜

黄色い自己存在の種の年 月の月 
(挑戦/極性を与える/安定させる 「What is my challenge?」)
2日 月齢3.73 夕月

KIN33 赤い共振の空歩く者
「共振の」:調律、チャンネルを合わす、呼び起こす/「赤い空歩く者」:空間、探る、目覚めの状態
「私は 探るために チャネルを合わす
 目覚めの状態を 呼び起こしながら
 調律という 共振の音とともに
 私は 空間の出力を 確信する
 私は 生命力の力に 導かれる」




20090823手づくり市空.jpg


昨日、終了後の空です。

夏休みも終わり間近、また朝からお天気が良かったのも手伝ってか、大盛況の内に手づくり市が終了しましたかわいい
ご来場戴いた方々、ありがとうございました揺れるハート

途中には、まさかの雨!
私のブースでは、今月からテントを取り入れたので、ちょうどその時いらして下さっていたお客さまには雨宿りして頂いたり…。


私自身は、昨日はほとんど休む間もなく、大変ありがたいことでした。


20090823手づくり市指輪.jpg


La Pierreさんで見せて頂いた、希少なチベタン天珠の指輪です。



 ****

サンタと風車.jpg




手づくり市という機会は、私にとってとても良いチャレンジの場となっていると思います。
カードでは、毎回、新たな展開方法を閃いたり、数秘では、その強固さ奥深さを再認識させられたりしていますぴかぴか(新しい)

私は自分自身を、セラピストとして「パイプ」だと捉えています。
(セラピストとはそう在るものだ、という意味ではなく、自分はそういうタイプのセラピストだと認識している、ということです。)
ある側面で見れば、アロマもクイックも全て、カードや星、数秘と同様、「チャネリング」しているのと変わらない感覚があります。

そのクライアントに必要な事が、その方に、よりクリアに、判りやすくもたらされるための、媒介、というような。
私の、このブログに集約しているような活動の全ては、ここに始まりここに終わると言っても過言ではありません。

そして、パイプとしての私に、私自身の考え方や価値観が入り込む隙は、あまり無いです。
私は、その側面をもっともっと純化できればと願っていて、「あまり無い」ではなく、「全くどこにもない」と言い切れる透明さをもって、施術やリーディングにいつでも臨めるようになりたいと思っています。



私の、スピリチュアル傾倒への出発点は、正に全く、アロマにあります。
が、それだけで良いとは全く考えていません。

私は、アロマが天職だと考えているのと同じくらい、「人間」について追究していくのがライフワークだと考えています。

だから、アロマセラピストとして、「人間」にまつわるあらゆるレベルを扱えるようになりたい。
それが、一番の願いであり、欲望であるとすら言えます。


アロマテラピーというのは非常に幅が広く、何にでも応用できるだけの力強さと豊かさを備えています。

物理的肉体的にも、西洋医学的にも、或は東洋医学的にも使用できますし、日本においての主な潮流は心理学的なアプローチだと捉えることもできるでしょう。
また、スピリチュアルな側面を見て行くことも出来ますし、星やカードなど「占い」と呼ばれるものとの関連を探ることもできます。


私は、一見、アロマ以外にも手を広げ過ぎていて、「一体何がしたいのか」と思われる事が多いようです。
しかし、私の中では全てが必然的に繋がっており、ただ一つの事に向かっているだけなのだ、という手応えがあります。



マヤ暦における先月、「磁気の月」は、「What is my purpose?」というのがテーマでした。
私においてはそれは、振り返れば、沢山の方々から「えっと……結局、何をしている人なの?」と問われる機会が非常に多かった、という発現を見たように感じています。

それは、私が既に見定めていると思っていたこと…上述のようなこと…を、今一度、言葉にしてまとめていく作業でした。

細かいことを言っていけば、それにまつわる色々は沢山ありましたけど、根幹はここだったのだと思います。



そして、今、この文章を書き始めてから、図らずも筆が進んで「前月の振り返り」の作業が出来つつありますが、同時にそれは「今月のテーマ」に続くものでもあります。

マヤ暦における今月は、「月の月」「What is my challenge?」です。

それで行くと必然的に、今月の大枠は「自分の夢や理想を、自分の手で選び、実現するために動いていく」ことなのだと思います。


9月3日より、サロンをオープンすることになっていますぴかぴか(新しい)
ちょうどそれが、「チャレンジの月」に当たっていることは、とても興味深いし、知らずに決めたそれが、正しく「流れ」であるのだと捉えて、積極的に取り入れたいです。


やるべきことは沢山沢山、本当に信じられないくらい膨大にあり、その果てしなさを思うと、いつも焦燥感に駆られます。
そこをぐっと堪えて、1分1秒を踏みしめて、ただ成し遂げていくこと。
個人的なチャレンジは、そこにあるのかもしれません。





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posted by 六花(りっか) at 12:23| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月23日

今日から新しい月。

黄色い自己存在の種の年 月の月 
(挑戦/極性を与える/安定させる 「What is my challenge?」)
1日 月齢2.73 夕月

KIN32 黄色い律動の人
「律動の」:平等、組織する、つり合わせる/「黄色い人」:自由意志、感化する、知恵
「私は 感化するために 組織する
 知恵を つり合わせながら
 平等という 律動の音とともに
 私は 自由意志のプロセスを 確信する
 私は 二倍になった自分自身の力に 導かれる」





今日から、マヤ歴では月が変わります。
「月の月」…「What is my challenge?」

私は、名刺が印刷会社のミスで間に合わず、大急ぎの大特急で別の広宣物を作りながら、新しい月を迎えました(笑)

色々、振り返りたいことが沢山あります。

が、とりあえず今は、今日も新しいチャレンジ。
手づくり市で頑張ってきまーすぴかぴか(新しい)


追記:3日より、サロン稼働します。
   今日は、その広告宣伝も、やってきます。肩の力抜いてね^^
posted by 六花(りっか) at 07:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月17日

これもまた天の理 〜コズミック・ダイアリーについて、初感想

黄色い自己存在の種の年 磁気の月 23日
月齢:26.02 有明月
KIN26 白い宇宙の世界の橋渡し
「宇宙の」:存在、持ちこたえる、超える/「白い世界の橋渡し」:死、等しくする、機会
「私は 等しくするために 持ちこたえる
機会を 超えながら
存在という 宇宙の音とともに
私は 死の蓄積を 確信する
私は 心(ハート)の力によって 導かれる」



20090815庭2.jpg


コズミック・ダイアリーを入手したのは14日でしたが、この14日は、ラストクオーターゾーン(下弦の月)の始まりの日で、16日までは、「感謝」がキィワードでした。(詳細は、リンク先のイリゼさんのページをご覧ください。)

それを頭に入れつつ、帰省中の電車の中で、早速ダイアリー巻頭の解説を読み始めた私。

あー、やっぱりトラブル延着で今日だったのには、意味があったんだわー、と思いました^^;

解説によれば。
・「祭り」とは古来、自然への感謝の表現であり、そこから生まれる芸術にもまた、もちろん「感謝が含まれていた。コズミック・ダイアリーを使うことによって、この自然の理を動かす流れと繋がり、感謝を思い出すことが必要。
・宇宙は28日周期であり、そこには月の周期も含まれている。だからこそ、月のリズムに同調することで、生命のリズムを思い出していこう。

という訳で、
なーるーほーどーー!ぴかぴか(新しい)
と、深く深く納得。
私が、なぜ今、コズミック・ダイアリーに回帰したのか、芸術とはなんなのか、と、そういう、個人的な疑問に、すとんと答が降りてきてぴかぴか(新しい)
うーーん、やっぱりDevine Orderですね!ぴかぴか(新しい)

ちなみに、ここでは今まで全く書いていませんでしたが、本当に最近、「芸術って何よ?」ということに根本的な疑問が根強くフォーカスされていまして。
同じく14日夜に、父親が、ノーマン・ロックウェルに今ハマっているのだと熱く語るのを聞いておりました。そのときは気づかなかったんですが、今気づきました(笑)。
ロックウェルの作品は、主にやはり「芸術」というよりは、「イラストレーション」という、少し商業寄りに呼ばれる事のほうが多いと思うんです。
先の、コズミック・ダイアリーによる定義づけと照射し合うと、私の疑問を解決する糸口が、少し見えてくる気がします。

という訳で、17日現在、三晩は一応続きました(笑)

さぁ、これから何がくるのかな?


*写真は再び、実家の庭です。





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posted by 六花(りっか) at 09:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月12日

檻から出るのは、自分次第。〜アファメーションの本質の話。

20090804きりん.jpg


公共機関で英語を聞くとき、いつも感心することがありました。
Thank you for~…で始まる文章。

たとえば、日本語だと、「○○しないよう、ご協力をお願いいたします。」となるところが、英語だと「Thank you for □□」に訳される、というような。

同じ注意喚起をしているんだけれど、後者の方が、何故か気持ちが良いな、と、いつも感じていました。


さて。
久々に電車に乗る機会がありまして。

日本語のアナウンスで、何だったか正確には覚えてませんけどたとえば、今までだったら
「入られましたら奥の方へお進み下さい」
と言っていたところが、
「奥の方へお進み戴き、ご協力ありがとうございます。」
に変わっていたんですよね。

おお、日本も良い影響を受けているじゃないか!
と、感心したのでした。


人によるのかもしれませんが、私がそこで感じたこと。
「こうしてくださいね」「こうしないでくださいね」
と、「これから行うこと」について「指図」を受ける感じ?って、あんまり気持ちよくないんですよね。
先回りされ、自由を奪われるように感じるし、もっと言うと、自分が「そういう風に扱われる程度の人間でしかない」っていう感じがする。

それが、行為をする前から、「こうして頂いてありがとうございます」と言われるのって、「自分がそうする、できると信頼されている」と感じるし、また「そうする人間であると認められている」と感じる
そうすると、抵抗なく、求められている行動をとり易くなるなぁ、と思う訳です。


何が言いたいかというと。

新月のお祈りと、満月のお財布ふりふりのことを、前にちらっと書きました。

これはもともと、アファメーションを使うので、「既に起こったこと」として書くように(或は唱えるように)、と言われているのですね。
未来のことなんだけど、決定事項として捉えてしまおう、それによって潜在意識に刷り込み、結果的に現実化するんだ、と、そういう話な訳です。

でも、人間、願えば願うほど、「そう甘くいかないんじゃないか、失敗するんじゃないか」と疑ってしまいます。
だから最近では、その抵抗感を払拭するお願いも書き込みましょう、とか、段々そうなっていける、というような「信じられる」レベルにまで「完了具合を引き下げる」方法で良いですよ、とか、そういう風に言われるようになりました。


上に書いた、「こうしてください」と、「こうしてくれて、ありがとうございます」との違いの話と、図式は全く同じなんだなぁ、って、思ったのでした。

アファメーションを文字通り遂行しようとすると、「自分は、願いを現実化するに値する人間である」ということを、事実として受け入れ、認めることが必要なんですね。

これって、他人のことは意外にすんなり認められるのに、どうして自分のこととなると、途端に「私には、そんな良いことを、受け取れるほどの価値はない!」と思ってしまうんでしょうね。


人は皆、私も含めて、自ら檻に入っておいて「出たい出たい」と望んでいる、そういう状況に今あるんでしょうか。


出る方法は、ただひとつ、かつとても簡単。

私は、檻から出ようと思えば出られるし、そうなれる価値がある。だからこそ、檻から出るか出ないかは、自分で決められるし、決めなければいけないんだということに気づくこと、だと、私は思います。




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posted by 六花(りっか) at 01:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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